ADPKD多発性嚢胞腎からの透析ブログ

身内に誰もいないのに多発性嚢胞腎(ADPKD)を発症し、さらにクモ膜下出血も発症。サムスカを使うも2017年ついに人工透析が始まった40代おっさんのブログ。

くも膜下出血の回顧録④ HCU~SCU

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HCU

手術をした病院のHCUは術後の回復室のような役割があるのか、重篤な患者さんが多く、頻繁に聞こえる機器のアラーム音とそのアラームが鳴った患者の治療のために病院スタッフがバタバタする様子が伺えた。

私自身は開頭した側の顔半分が酷く腫れていたらしく、術創の痛みもあり、点滴はもちろん鼻や尿道にもチューブを入れられて、歯を磨くときぐらいしか体を起こさなかったように思う。

私につながれている機器からのアラームを何度か聞いたが、「何?どうした?」とさすがに生きた心地がしなかった。

透析を始めた頃、コンソールから同じようなアラーム音が聞こえたきた時があったがHCUにいた時を思い出し心臓のドキドキが止まらなかった。

SCU

HCUで数日過ごした私はSCU(脳卒中治療室)へ移され、ここで初めてクモ膜下出血の後遺症として出血で血液にさらされた脳血管が細くなり血液の流れが悪くなる『血管攣縮』と脳室が拡大し圧力が上がる『水頭症』の危険があり、一週間程は絶対安静と知らされた。

手術が無事に終わったと聞かされて少し安心していたが、この話を聞かされて後遺症がでて人に迷惑をかけながら生きていくぐらいならいっそのことこのまま人生を終わらせてほしいと思いながら入院生活を送っていた。

このSCUにいた時が今回のクモ膜下出血の入院で、夜もほとんど寝れないぐらいの恐怖を感じていた時間だったと思う。

結果的にはそんな心配もよそに経過は良好で、鼻からのチューブも外れて流動食も出されるようになり、尿道のチューブも外れて一人でトイレに行けるようになった。

ただ、出された重湯を残したりしていると「食べれないならまた鼻からチューブを入れることになりますね~」と笑顔で看護師さんに脅され(笑)無理やり詰め込んだことは今でもはっきりと覚えている。